あやかきのアクト

あやかきのプロフィール

はいさ〜い!

この度はご訪問いただき、誠にありがとうございます。

当サイトを運営している、あやかきです!

私の簡単な自己紹介をしたいと思います。

  • 1990年 沖縄・南大東島で生まれる
  • 小学生の時ゴルフを始める
  • 高校の時日本代表になる
  • 高校卒業後プロになる為拠点を九州へ
  • 自分に限界を感じゴルフを辞める決意をし会社員となる
  • 目標を見失い面白くない日々を送る
  • 同僚の死をきっかけに働く事の意味に違和感
  • ワーホリでオーストラリアへ行く
  • 日本の選択肢の多さに気づく
  • 福岡に移住を決意する
  • 人々に何かきっかけを与える人になることを目標にブログを始める

ざっと言えばこの様な感じです。

 

運動音痴な私がスポーツと出会った

私は沖縄の南大東島という人口1300人同級生21名という小さな島で育ちました。

そう、台風の時天気予報で良く聞くあの島です。

島の人はだいたい友達みたいな感覚で、みんなが親戚みたいな所です。そんなのどかな島で育った私は小学生の頃に父の影響でゴルフを始めました。

この父というのが本当に『強行突破』という言葉が似合うくらい、好きになった物には一生懸命に取り組む人で、ゴルフにハマって島にゴルフ練習場を作っちゃったんです。

今は台風で飛ばされて練習場は無くなってしまいましたが、その父のおかげで私はゴルフと出会うことができました。

そして高校進学もゴルフを選び、沖縄本島へ行く事になりました。そもそも南大東島には高校がないので15歳になると島を出ないといけなくなります。

なので保育園から一緒に育った兄弟のような同級生とはお別れでした。今でも久しぶりに会っても昨日会った様な感覚でいられる友達がいるのは本当に有難いなと思えますし、島に生まれ育って本当に良かったなと思います。

この島が私の原点ですね。

 

怖いものなんて何も無いと思っていた高校時代

高校は本当にゴルフ一色でした。

沖縄、九州を個人団体で制覇し日本代表として海外遠征も経験し、その頃から「自分は稼ぐプロゴルファーになる」という意識が常に頭の中にありました。

毎日部活や自主練に明け暮れる日々で、友達と放課後にカフェに行くとかそういったことはほとんど記憶にありません。けれど高校生活も最後に差し掛かった頃ゴルフ以外にも何か挑戦してみたいという思いがあり、英語の論文大会に高校代表として出場した事があります。

結果は惨敗でしたが、この経験が私の高校生活ですごく良い想い出として残っています。

 

なんで努力が報われないの?とばかり思ってた

高校を卒業して単身九州へ。尊敬する先輩を指導している方の元へ教わりに拠点を移し、下宿生活を送っていました。そこでは師匠と生活を共にするので一切気の緩みはありませんでした。

364日練習で朝早くから帰ってくるのは深夜近く。休みはお正月の1日だけでした。

両親が私のいる場所にやってきても一緒に食事をすることはなく、日々の練習をこなす。この時の生活は本当になんとも言葉に変えることができないくらい色々な感情が溢れる毎日でした。

ただ、うまくなりたい。その一心で頑張ることだけが生きる活力で、この頃の私は「今この競技をしている人たちの中で私は日本一練習している!」そう思っていたし、それくらいの自信がありました。

しかし、練習してもしても結果はプロテスト落ちが続き、拠点を変えて環境を変えても結果は同じな状況で私はすっかり自信をなくし「なんでこんなに練習してるのに結果が出ないの?」とそればっかり考える選手になってしまいました。

結果が出ない理由がわからなくなってしまったのです。

今考えると笑えますが、この時は本当にお願いだから誰か助けてくれ!ってばかり思ってましたね。笑

この頃からストレスで特発性過眠症になったり、人の目を見て話をする事ができなくなりました。

大勢の場では大丈夫なのですが、一対一の場面ではどうしても目をそらす事が癖になっていて、治そうと思っても治らない状況でした。

▼▼特発性過眠症を発作した時の話はこちらから▼▼

ストレスから特発性過眠症を発作した時の話

そして環境を変えたりバイトとをしながら練習をしたり試合に出たりしていましたが、24歳になったばかりの時、怪我も重なり選手として引退することに決断しました。

 

働くことの意味ってなんだろ?って考えはじめた

ゴルフをやめて私は会社に勤めることになりました。

そこでは今までの「給料はないが好きなことに時間を使う仕事」ではない「給料はもらえるが好きではないことに時間を使いお金に変える」会社の社員として働くということを学びました。

選手時代に練習してもお金を得られない貧乏節約生活から一転して労働すればお金がもらえる生活に変わったので最初は給料がもらえるということに不安ある生活から逃れられると思い込んでました。

しかし、ある出来事がきっかけでその思いに疑問が生じるようになりました。

会社の同期が病気のため19歳という若さで天国へ旅立ってしまいました。

半年前まで元気で普通の生活を送っていたのに発病して2か月という猛スピードでした。

本当に悔しくて初めてと言ってもいいくらいこんなに歳の近い、しかも私より年の若い子が逝ってしまうという現実を突きつけられました。

それからしばらくして自分自身の人生について真剣に向き合うようになりました。

人はいつ命が尽きてしまうかわからないのに、いつまでも期限があると思ったら絶対に後悔する日が来るんじゃないか?

「このままでいいのか?」「私のやりたいことってなんなんだろう?」

40歳まで生きられたとして、40歳の私が今の自分を見たときにどう思うだろう?

その時初めてわかりました。お金があることが最高の幸せではないんだと。

しかし、その時点では自分が何をやりたいのか具体的なことはわからないままでしたが、そのころに母の体調がすぐれなかったこともあり会社を辞め故郷の沖縄へ帰る決断をし、退職をしました。

 

頑張る方向間違えちゃ意味ないよねと気づいた20代中盤

その時期に私に「現役時代なぜ結果が出なかったのか」を気づかせてくれた方がいます。

その方は教えてくれました。

いくら努力しても間違った方向に努力していたら結果には繋がらないんだよ

この言葉の意味を理解するまでとても長い時間がかかりましたが、今ならはっきりとわかります。

私は何を頑張るかではなく何をどう頑張るかが重要なはずなのに、練習を頑張る(努力)ことだけに重点を置いていてどう頑張るかという選択力がなく、ずっと間違った方向にペダルをこぎ続けていたんですよね。

わかりやすく言えば福岡から「そうだ、京都へ行こう!」って思い立ったとしますよね?

なのに、自転車のペダルを鹿児島方向へ向かって漕いでいたとしたら?

そりゃいつまでたっても目標に近づかんわっ!ってなります。しかもそもそも、早くゴールにたどり着きたいっていう目標がある中で新幹線という手段があるにも関わらず自転車を選ぶ自体で情報や選択力がないんですよね。

その方はこういうことを一から全部教えてくれました。親でさえ教えてくれなかったことを真剣に教えてくれました。それを気づかせてくれた方にとっても感謝しています。

だってそこから私の人生は方向修正しまくりですから!笑

そしてもし私が学校の先生だったとしたら頑張ることに意味があるとか甘っちょろい言葉は絶対に言いたくないですね、絶対に。

 

海外へ飛び出したら見えなかったことが見えた

沖縄に帰ってから昔から興味のあった英語に触れたいのと、試合で海外遠征に行った時の海外の独特な空間を味わいたいなと思いたってワーキングホリデーを利用してオーストラリアに行くことを決めました。

その頃は目標はないものの、「やったことないことに挑戦してみる」というのを常に意識していた時期でそんな私にぴったりのチャレンジでした。

海外での仕事は常にクビと隣り合わせだったり、簡単にはいかないことばかりで、日本の選択肢の豊かさを身を以て体験しましたね!

だって日本だったら仕事出来ない人でも簡単にクビならんもん!笑

だったら日本って何でもできるさー!って思ったよね。

オーストラリアでは今までの私の経歴や実績とは関係のない本当にいろんな人生の経験者と出会うことができました。

 

言葉がうまく伝えられなかったり文化がまったく違う中で気持ちで伝わることって本当にあるんだと実感したり、国や人種関係なく信頼できる友達ができたし、いろんな国の仲間がいたので皆んなが今までの自分の考えが凝り固まってた部分をぶっ飛ばしてくれたんですよね。

自分にとっての当たり前は他の国では全く当たり前じゃないことが多々あって驚かされることもありましたが、その時にこうしなきゃダメ!って思うことをやめようと思いました。

そしたら気持ちがふっと軽くなったんですよね。もっと自分に素直に生きていいんだよって教えてもらいました。

そしてそこで出会った日本人も同じ境遇の子たちがいて学ぶことがたくさんありましたし、彼らとは今でも日本に帰ってきてから会ったり交流は続いています。

人って付き合ってる年月じゃなく、相手のことをどれだけ理解する気持ちを持ってお互いに接するかが大切なんじゃないかと思ってます。

一生大切にしていきたい仲間にこの年で出会えるなんて私最高についてますね!

よし!住みたいところに住もう。

今年の5月から福岡へ移住することになり、新たなスタートを切りました。

福岡は以前住んでいたことがあり、慣れ親しんだ場所で人の温かみが沖縄とそっくりということもあり住むことを決めました。そして何より私にとって成長できる情報や刺激が溢れているんですよね。

よく言われますよ〜〜

沖縄嫌いなの?

って。

 

んなわけないじゃん!そんな質問するなよって思うくらい沖縄は私の大好きな故郷です!

でも、私は帰る場所として沖縄を残しておきたい。成長して何か自信を持って沖縄に貢献できることを持って帰りたいと思ってます。

学生時代にゴルファーとしてお世話になった沖縄の人の役に立てる人になることが私の目標です。

 

私はこんな人生を生きる!もう決まってるのだ。

よく友達に

友達
友達
お前は何を目指しているのか?

と言われることがあります。職を転々とし、いきなり海外にぶっ飛んで、帰ってきてはひょいと拠点を変えるのを見たら、そう言われるのもおかしくないと思います。

だってその質問をする人が今の世の中では常識人として捉えられてるから。笑

正直、その質問答えるのすごく難しいんですよね。私も未だに答えが見つかりません。

ただしいくつか人生の目標があります。

・後悔しない面白い人生にしたい
・やらない理由を探すよりできる理由を探す
・人に何か気づくきっかけを与えられる人になりたい

世の中には少し前の私みたいに目標や生きる意味を見失ったり、お金のために働くことについての違和感を持っている人がありふれています。

頑張ってるのに結果が出ないと嘆いていませんか?

友人との飲み会で会社の愚痴や家庭の不満を永遠と語っていませんか?

自分の人生を諦めていませんか?

そんな人たちに私の体験を通して何かきっかけを与えてあげられたらマジで幸せです!

その分、本音でぶつかりま~す!笑

 

ブログは私の表現手段のひとつ

私はよく人の悩み相談を受けることがあります。それは年齢問わず先輩や後輩まで!

私って話しやすいのか本当に結構多いんですよ!それでふと思ったのが、だったらブログで情報を発信して少しでも何か気付けたり、シンプルに物事を考えて悩みが減る人が増えてくれたらいいなと思ったんです。

最初はこんな私がブログなんてして意味あるの?とか芸能人気取ってるんじゃないの?とか気にしたけど「そんなことどうでもいいや。それより私がしたいと思ったことで誰かの役に筒ことが1つでもあるならそっちを優先してみよう」と思いました。

なので、暖かく見守っていや!支えてください!

私田舎者の小心者なので、皆さんの力がガチで支えになるんです!笑

このブログが家だとしたら、いま読んでくれているあなたは家の柱なんです。

柱がないと家(わたし)は崩れちゃいます。

ということでこのブログを一緒に育て、作っていただけたら幸いです。

よろしくお願いします!

長い文章読んでくれてありがとうございました!!!